協力隊経験者のお話 ~ベナン共和国~

今回は2020年3月まで、ベナン共和国で青年海外協力隊員として活躍された、高田裕行さんにインタビューをしました。現在、「国際協力を日常に」をテーマにしている高田さんですが、現地ではどんな活動をしてきたのか、どんな変化があったのか、詳しくお話ししていただきました。

高田裕行

福島県いわき市出身。東京学芸大学教育学部卒。大学院進学の年に東日本大震災を経験し、修士論文を書きながら府中市の中学校教員として勤務。式根島の中学校を経て、2018年7月~2020年3月まで青年海外協力隊員としてベナンで活動。帰国後は東大和市の中学校教員として勤務中。

高田さんのnoteはこちらから!
https://note.com/hiroyuki9/n/nfb133352fd20

国際協力の道へ

---元々国際協力に興味があったのですか?

高田:東日本大震災の時、地元だったのでボランティアに参加している中で国際協力というものを知って。最初は本当にちょっと恩を返したいなぐらいの気持ちだったのですが、少しずつ勉強していくにつれて国際協力そのものの魅力を知り、いろいろ活動してみたいなっていう気持ちがどんどん強くなった感じです 。

---恩返しの形として青年海外協力隊を選んだのはなぜですか?

高田:仕事を続けながらできるのは 青年海外協力隊しかなかったんですね。やっぱり仕事をやめてってなるとまた大変だし、結婚も考えていたので相手の理解とかも考えると良い方法だなと思って選びました。

青年海外協力隊について

---協力隊の派遣場所はどんなところですか?

高田:治安の関係で首都にしか派遣できない国もあるので、首都の隊員もいます。僕は村の派遣だったので生活は大変でしたね。蛇口から出る白い水でおなかを何回も壊しましたよ(笑)

---その地域全体に関わるのですか?

高田:そうですね。ただ、僕の派遣されていた地域は小学校が100個以上あって全部はちょっと回りきれないので拠点校を3つぐらいを作り、そこを中心に継続しながら活動していました。たまに毎週金曜日とかにちょっと違う遠くの学校に行ってみたりと、そういう形でした。

---どのように関わるのですか?

高田:一応要請内容があって、僕の場合だと算数やフランス語などをできる範囲で教えてくださいみたいな感じで。ただその要請内容と現地のニーズが必ずしも合ってるとは限らないので、最初に自分で現場を見て本当にこのニーズでいいのかっていうのを確認します。合っていたらそのまま行けばいいし、やっぱりちょっと 違うのであれば方向転換をする必要がありますね。

実際には自分で授業することもあれば教材を作って紹介してみたりすることもあります。協力隊はあくまでその地域にとってはお客さんで、活動させていただいている立場なので、現地の人が少しでも自立できるように、今の状況を改善できるようにアドバイスをしていました。向こうの方々の気持ちだったり、いままでのやり方を尊重しながら、後ろからサポートするみたいな感じでその時々でできることをやっていましたね。

ベナン共和国について

---ベナンの教育システムはどうなっているのですか?

高田:フランス植民地だったので、フランスのシステムを採用しています。公用語もフランス語で、小学校1年生からフランス語で授業が始まるんですね。各学年で進級テストがあるのでその進級テストをクリアしないと上の学年に上がれないです。中学校に上がるのにも小6のテストで合格しないといけません。だいたい小1小2ぐらいで100人近くいるんですけど、それが小6になる頃には30人40人ぐらいまで絞られます。テストで上がれなかったり、途中でやめなければいけなくて、学年が上がるごとに人数が減っていくという感じです。

学年を上がることができないと良い職業には就けません。単純労働、バイクタクシーの運転手とかトラックの運転手とかに限られてきてしまいます。

---副教科もあるのでしょうか?

高田:体育はカリキュラム上はあるんですけどほとんどやっていないです。まず暑くて、水道もあるわけではないので熱中症的なところで結構命に関わってきちゃうんですね。なので、日本で言う体育はほとんどなくて、走ったりとか行進の練習したりとかそんな感じですね。

あとは、歌と裁縫とデッサンを全部合わせて図工という教科があります。それは小学校6年生で中学校に上がるために試験があるので、そのためにちょこちょこやっている感じですかね。図工とかって道具が必要じゃないですか。ああいうのは全部先生の自腹なので、やっぱりお金がかかるからやりたがらない。だから試験前にちょろっとやるという感じで。基本はフランス語と算数がメインですね。

副教科も大事だとは思うのですが、それ以前にやっぱり算数とフランス語が壊滅的なのでやっぱりそっちを重視してしまうのが現状です。

協力隊を終えて

---行く前と行った後では教育に対する価値観は変化しましたか?

高田:日本で働いているとあまりできない子とか、宿題やってこない子とかいるじゃないですか。そういうのに対しても行く前は注意していたんですけど、ベナンに行って、現場に入り込んで分かったことは、 環境がすごい大事なんだなって思って。アフリカの子たちって家に帰ったら家事とか弟とか妹の世話とかがあって、あとは電気が暗かったりして、勉強できる環境じゃないんですね。それは日本でも同じで、ただこっちが見えてなかっただけなんだなと思いました。それぞれの家庭でいろんな状況があって、勉強したくてもあんまりその環境に適していない子とか、多分たくさんいたんだろうなってことをベナンに行ってわかってからは言わなくなりましたね。言うのは「授業頑張ろうね。」くらい。「家で絶対勉強しろよ。」とか「宿題やってこいよ。」とかはあまり言いません。

やっぱりやらされているうちはダメで。今一番最初の教え子が大学4年生で就活真っ只中ですが、よく連絡が来るのは「何になったらいいかわからない。」ということなんですね。そういう連絡を受けてから、教えないといけないことは生き方なんだなと思って。やっぱり中高の段階からいろんな生き方に触れて、自分がどういうことが向いているのかとか、どんなことに興味があるのかとか、そういう面をもっと考えさせるようにならないとただ勉強できてもしょうがないんだというのを思っています。だから学校でもそういう風に考えながら動いていますよ。

---子どもたちに国際協力を伝える中でどう巻き込んで行こうと思っていますか?

高田:来年から学習指導要領が変わって、持続可能な社会という文言が入ります。今、うちの学校の校長がSDGsをやりたいと言っていて、総合の時間で今年は実施する予定です。外国人を呼んだりとか、日本と世界の関係を知るためにカードゲームしたりとか、あとは僕の実際の経験を伝えたり…。そんなことをやりながら自分と世界がつながっていることを教えて、そこから目線を自分たちの足下に落としていく。自分たちが何ができるかということで、自分たちの地域でできることを9月くらいから実施していく予定です。やっぱり当事者意識を持たないとただの遠い国の出来事で終わってしまうので。

---今後国際協力を続けていくプランなどはあるのでしょうか?

高田:今考えているのは、一度教育から離れたくて。生理用の布ナプキンを作るのを考えています。アフリカには紙ナプキンが買えなくて授業を受けたくない子がいるので、そうすると教育の進度が遅れちゃうじゃないですか。だから布ナプキンの作り方を教えて、教育に遅れないようにする活動っていうのを同期2人とやっていこうと思っています。

海外で活躍したい学生へ

高田:海外でほんとに頑張りたいんだったら言葉の勉強はしておくべきです。やっぱり言葉が通じないとコミュニケーションが取れないので。僕もフランス語だったんですけど、ベナンのフランス語はなまりがすごくて!フランス語であってフランス語じゃないようなものなので最初すごく苦労したんですよ。なので語学をまずしっかりできるというのは大事です。

新卒の子たちの中にも言語は気合いで行こうとしてた子がいました。単語だけで乗り切ろうみたいな。じゃあ逆に自分が日本人で、いきなり外国人の先生が来て、単語だけで授業されたらどう?と聞くと「いや、多分わかんないと思います。」と。それと一緒で、教壇に立つということはその子たちに対して責任を持つということなんだからしっかり準備をすることが大事だと思うよと伝えました。

あとは何のために海外に行くのか。ただ行って終わりではなくて、行って何がしたいのか、それが本当に現地の人のためになっているのかということをしっかり考えられれば良いかな。国際協力って活動に即効性があるわけではないので。ほんとに地道に続けていった活動がほんとにたまたま芽を出して現地のためになるって、博打みたいな要素があると思います。だから、ほんとに地道に続ける、考え続けるっていうことがやっぱり大事なことだなと思います。

自分も国際協力ってなんだったんだろうという気持ちで帰ってきました。結局何ができたんだろうって言うモヤモヤが残っていて、何しに行ったんだろうって気持ちがあるから今もまだ続けようと思っているし、国際協力は終わらないですよね。


協力隊を経験し、現在も国際協力に向き合う高田さんのお話を聞き、改めて国際協力の奥深さを感じることができました。持続可能な社会に向けて、子どもたちを巻き込み、全員が当事者意識を持てるような教育がますます大事になってきそうです。

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